朝、決まった時間に目が覚め、満員電車に揺られ、定時にデスクに座る。月曜日から金曜日まで、寸分の狂いもなく同じパフォーマンスを発揮し続け、週末の2日間で「人間」としての機能を修復する。
私たちはこのサイクルを「社会人の常識」として受け入れています。ですが、一度立ち止まって考えてみてください。これ、冷静に分析すればするほど、無理ゲーだと思いませんか?
「フルタイム週5日、1日8時間勤務」というシステム。これはもはや働き方のルールではなく、一種の「宗教」です。私たちはこの宗教を信じ込み、適応できない自分を「出来損ない」だと責めています。ですが、攻略本も持たずにこの無理ゲーに挑み続け、自滅していくのはもう終わりにしましょう。
人間は「一定の出力」を出せるマシンではない
そもそも、人間という生物は、月曜から金曜まで同じテンションで、同じ精度で動けるようには設計されていません。
季節の変わり目、低気圧の接近、前日の睡眠の質、あるいは理由のない心の不調。私たちのコンディションは、本来、凪(なぎ)の日もあれば嵐の日もある、きわめて不安定なものです。それなのに、現代の労働システムは私たちに「マシンのような一貫性」を求めてきます。
「週5日フルタイムで働けない自分は、根性がないのではないか」 「みんな普通にやっていることが、なぜ自分にはこんなに苦しいのか」
そう悩んでいる方に伝えたいのは、あなたが異常なのではなく、このシステムが人間の生理に適合していないだけだということです。週5日、完璧にパフォーマンスを維持できる人間なんて、そもそもバグに近い存在です。その「一部の特異体質」を基準に作られたルールに、自分の命を同期させる必要なんて、どこにもないと思うのです。
「脱退」とは、働き方のハックである
ここで言う「宗教の脱退」とは、必ずしも明日から無職になることや、フリーランスとして華々しく独立することだけを指すのではありません。
それは、心の中にある「週5日、全力で戦わなければならない」という思い込みを捨てることです。
例えば、週5日出勤しなければならない契約であっても、そのうちの2日は「最低限の現状維持」に徹すると決めてしまう。あえて本気を出さない日を作る。あるいは、将来的に週3日勤務や短時間勤務、在宅ワークへとシフトするための「戦略的撤退」の準備を始める。
「みんなと同じ」を辞めるのは、最初は怖いかもしれません。ですが、無理ゲーを攻略本なしで戦い続けて、ある日突然心がポッキリ折れてしまうより、最初から「このゲームにはまともに付き合わない」と決めて、自分の燃費に合わせた戦い方にシフトする方が、よほど賢明なサバイバル術だと言えます。
たった一つ、仕事の「納期」という砦を死守する
社会のルールを適当に受け流し、宗教から脱退する。そんな「脱力」した働き方を続けるために、絶対に守らなければならない一線があります。
それが、「受けた仕事の納期だけは、何があっても守る」という一点突破の矜持です。
どれほどやる気がなくても、どれほど職場の人間に心を開いていなくても、あなたが「納期を守る人間」であるという事実さえあれば、ビジネスの土俵から追い出されることはありません。逆に言えば、ここさえ守っていれば、残りのプロセスや態度は「どうでもいい」と切り捨てていい。
- 会議で気の利いた発言をしなくていい。
- 誰よりも早く出社しなくていい。
- 飲み会で上司を立てなくていい。
そんな枝葉の「評価」にエネルギーを分散させるのをやめ、全ての誠実さを「納期」という一点にのみ集約させる。この一点さえ機能していれば、あなたは社会というシステムを利用しながら、自分の自由を確保するライセンスを手に入れることができるのです。
罪悪感を「どうでもいい」で上書きする
宗教を脱退しようとすると、必ず「罪悪感」という名の追っ手がやってきます。 「同僚が残業しているのに、自分だけ手を抜いていいのか」 「もっと頑張れば、もっと高い年収が得られるのではないか」
その声が聞こえたら、魔法の言葉を思い出してください。 「……まあ、どうでもいいか」。
あなたの人生を最後まで面倒見てくれるのは、会社でも同僚でもありません。あなた自身だけです。あなたが壊れた時、会社はすぐに新しい「パーツ」を探し始めます。そんな無慈悲なシステムに対して、なぜあなただけが自己犠牲を伴う忠誠心を誓わなければならないのでしょうか。
他人から「最近、やる気がないな」と思われても構いません。それはあなたが、自分の人生のエネルギーを、会社という他人の畑に撒くのをやめた証拠です。その分、浮いたエネルギーを、自分の趣味や、睡眠や、大切な人との時間に注ぎ込んでいいと思うのです。
最後に:自分だけの「攻略本」を書き換えよう
「フルタイム週5日」というゲームは、最初からプレイヤーに不利な設定がなされています。 そのルールに真っ向から挑んで勝てるのは、よほど鋼のメンタルと体力を持った選ばれし者だけです。
もしあなたがそうでないなら、堂々とその宗教を脱退しましょう。 適度にサボり、適当に流し、たった一つの矜持(納期)だけを握りしめて、隙間を縫うように生きていく。
「立派な社会人」になる必要なんてありません。 この無理ゲーを、鼻歌まじりに、涼しい顔で「完走」すること。途中でリタイアせず、でも全速力で走ることもせず、自分のペースで歩き続けること。
それが、現代社会における最も美しく、最もエッジの効いた抵抗の形だと、私は信じています。
